ファントム×カウンターSS「幕間 対抗者の憂鬱」 著者:七氏

ファントム×カウンターSS「幕間 対抗者の憂鬱」 著者:七氏 – 怪異対抗奇譚TRPG『ファントム×カウンター』 ルルブ無料公開!現代異能オリジナルTRPG制作中!日は既に傾いていた。
窓際の席から校庭を見れば、部活に勤しむ学生が見える。

「はぁ…」

彼女は頬杖を付き、物憂げな表情で、夕日に照らされる部員を眺めている。
ここは国守学園の校舎、その二階である。

理事長の方針で部活動に重きを置く国守学園、その推薦で入学、編入した学生は、主に二種類に分かれる。
全国大会を目指すか、対抗者(カウンター)として勤めるか。
前者においては真面目である、いかに偽装工作(カモフラージュ)とはいえ、彼ら若人の青春を無下には出来ぬという方針から、資金や設備は他校に比べ充実し、その成果は所々に表れており、全国的にも多少は名の知れた学園になっている。

問題は後者である。
彼らは鹿児島を守る勤めがある、しかし名目上は推薦(スカウト)で入学、編入しているため、何かの部活には入らなければならない、しかし本来の勤めを優先するため、実質的な幽霊部員と化す場合が多い。
うまくやりくりする学生もいることにはいるが、しかしその数は決して多いとは言えず、また怪異は時と場所を選ばない。つまるところ、成すべき学業にも支障が出る。

「ワタシも部活がしたーい!」

物憂げな彼女――花園優紀が両腕を投げ出して絶叫した。
二階から見下ろす部活は、実に楽しそうであった。

「やぞろしか、黙って課題せんか」

彼女に後方の席から文句が飛ぶ、その声には元気がない。
国守学園の男子生徒、坂口一貴は机に視線を落としたまま、バリバリとプリントの内容を埋めていく。
――坂口一貴
――花園優紀
現在、補習中である。
対抗者は大変である。花園優紀はつくづくそう思った。

対抗者――その才能に気付いたのは、中学一年の時である。
正確には小学生と中学生の間、繰り上がる準備期間の春休み中に分かったことだ。

幼いころから怪異が視える。
このことは、実際のところ物心ついた時からあった、ただ怪異――この時はお化けか何かと思っていた――を見て、ギョッと二度見したときには、すでにそんなものはなく、ただ子供ながらに恐怖したのを覚えている。
そのことを大人に話しても「気のせい」「臆病だな」で済ませられてしまう。
頼りの両親も似たような反応であって、彼女は子供ながらに結論付けたのだ。
気のせいなんだ、と。
何せ誰も見ていない、自分ですら少し視線を外せば掻き消えてしまう、注視など怖くてできないので、よく観察していないが、きっと怖がりな自分が生み出した幻想なんだ、と思うようにした。
きっと家のせいだ。

彼女の家は代々続く神社であり、幼いころから両親の仕事の手伝いをしていた、そのせいか伝記、民謡、またおどろおどろしい妖怪の類、そんなおとぎ話をよく聞いていた。
“視える”ことを他者に語ったのが不味かった、幼い彼女が怯えながら話すそれは、大人からすれば「気のせい」で済ませられるものであり、またそういう「話題」は似たような話題を引き出す。自然と彼女は、幼いころから伝記、民謡に触れ、狐狸妖怪の類にも詳しくなった。

(小さいころの私は内気だったなぁ)
花園優紀は物憂げな顔のままそう思った。
舌足らずな言葉で、何かとモジモジしていて、いつもうつむき加減だったような気がする。
くるくるとペン回しをしながら思い出す。思えばあの頃は何に対しても自信がなかった、もともと内気な性格である上に、視えることがさらに拍車をかけた。

視えることは、怖い――
怖いがゆえに他者に訴える、あの暗がりにいる、あの隅にいる、あの、あの、あの――
そう言っては学校の先生に、両親に窘められた、同級生からはイジメの標的にされた、それでも、それでも視えるのだ。
それが彼女を内気な性格にした、視えるものも気のせいだと思うようにした。
でなければからかわれる、笑われる、馬鹿にされる。
それは、嫌だ。
だから積極的に喋れなくなった、見ているものに自信がないため、いつも答えは濁して喋った、あの正体不明のお化けとも、そして誰からも関わりを持ちたくない、そういう思いでいっぱいだった。
今でも思い出すと陰鬱になる、進まぬ補習と合わさって倍率ドンだ、ただ目の前の現実から逃れるため、思考の逃避は止まらない。

小学六年生まで一人ぼっちだった、クラスでもいてもいなくても関係ない存在、卒業アルバムにも寄せ書きは一つもないし、書いてもいない。
この頃にはヒネた思考に陥っていた、自分が悪いのではなく世界が悪い、みんな地獄に落ちればいいとも思っていた。
とにかく学校が嫌だった、学校を卒業し、中学に上がる準備期間、その春休みが終わらなければいい、そんな考えで頭がいっぱいだった。
そんな折、国守学園から推薦が来た。

対抗者としての素質。
初めて対抗者と出会ったのは居間だった。正確に言えば、学園から派遣された教師と、両親がなにやら話し込んでいるのを、ふすまの隙間から覗き見た。
何を話しているのだろうと気になった、ただ漏れ聞こえる会話の端々に「入学」「素質」「学園」――と、推察するに春休み明けの学校に関するものだと、なんとなく分かった。

部屋に帰って寝よう。
自分にとって学校など、どこでもいいのだ、ただ内気な自分が平穏にあればいい、そういう考えが根底にあった彼女は、このことについて心底「どうでもいい」のだった。
だが、このことが事の始まり、彼女を知られざる世界へ招くことになるとは、当人だけは露ほども思わなかった。

(で、こうなったと)
我ながら碌でもないなと思いながら、目の前の黒板を見る。
『補習中!』
でかでかと書かれたそれは、彼女のやる気を減衰させるのに十分な効果を与えた。
これが現実 !戦わなきゃ対抗者!
彼女は頭に浮かんだ言葉を投げ捨て、過去に埋没する。

それから――いろいろあった。
中学から国守学園へと入学し、そこから妖怪、怪異、対抗者、そしてさまざまな事を教えられ、がらがらと常識が崩れ去るのを感じた。
しかし一方で嬉しくもあった。
あれは気のせいなんかじゃなく、本当にいたんだ。
やっぱり世界が間違っていて、正しいのは自分だったんだ。
今まで否定されてきたものを肯定される、これほど嬉しいことはない、彼女は舞い上がっていた、この国守学園なら上手くやっていける、そう当時は確信した。
約一か月で吹き飛んだが。
ただ、この学園の生活で内気な、オドオドした性格は変化した、いや濃い面子に揉まれて逞しくなったというべきか。
その筆頭が後ろの席にいる。

坂口一貴。
背中越しにチラリと見やれば、一生懸命に課題をバリバリこなしているのが見える。
こういうことには意外と真面目、いや性分から“サボる”という考えが無いのかもしれない。
花園優紀と坂口一貴がパートナーとして成立したのは、中学三年の春である。
この時期は入学生という名の対抗者が多く来る時期であるので、それに伴って大幅なパーティ改変があるのだ。
長く組まされていれば、仲が良くなるだけでなく、時には軋轢を生む場合もある。
そういう事態に対し、新たな組み合わせでパーティを構築し、健全化を図るというのが学園の考えだ。
それに該当したために、現在の二人がある。

素行は問題なかった筈だし、元のパーティと軋轢があったわけではなかった。
しかしこの春の時期に入れ替えられたということは――何かあったということだろう。
当時の花園優紀は納得しかねていた、パーティは上手くいっていたと思うし、何より楽だったからだ。
周りは大なり小なり濃い面子、正確に一癖二癖あるような方々だったため、何かと埋没できた。
小学生に受けたトラウマのせいで、国守学園の洗礼を受けたとはいえ、やはりこの時期の性格は引っ込み思案のままだった。
だからこそ良かった。
ただ彼らが指示を出せばそれに従えばよい、そしてそれが上手くいけば褒められる、認められる、存在価値を示せる、そういう環境は居心地がよかった、元の仲間たちも彼女を認め、また助け合っていた。

だからこそ、この異動は晴天の霹靂だった。
不安が鎌首をもたげる、焦燥感で頭が真っ白になる。
これからどうすればいい、何をすればいい、元の頼れた仲間は引きはがされ、パーティ(四人編成)でなくパートナー(二人編成)になれと言う。
それは、一体どうなるの――?
未知のものは恐ろしい、体験したことのないことは苦痛である、そういうモノにさらされるがまま、その大人しい気性に流されるがまま、彼女は坂口一貴と出会った。

国守学園の男子制服、身長はおそらく自分よりも高い、顔は――彼女は顔を見ることが出来ず、常に視線が足元を彷徨っていた。
そして彼が口を開いた。
「なんじゃコイツ」
第一声がそれである。
「え…あと…えぇぇ…」
コイツ呼ばわりされたため――否、声を掛けられたため狼狽し、何か言おうとするも口ごもる。
言いたいことは沢山ある「コイツ呼ばわりは酷い」「ちゃんと花園優紀という名があります」「おまえこそ何だ」それらの考えが頭の中を堂々めぐりして吐き出せない、口は堅く閉ざされ、漏れた隙間から「あぁ…」とも「えぇ…」ともつかぬ声が出るばかりである。
そうもごもごしている彼女をよそに、坂口一貴は構わず続ける。
「まぁ良か、俺(おい)の名は坂口一貴じゃ、よろしく頼んど」
きつい鹿児島弁だ、今時珍しい。
伏し目がちな彼女の目の前に右手が差し出される、新たなパートナーの手だ。
男の手らしいゴツゴツとした手には、いくつものタコ跡と生傷がある。
そして彼女は恐る恐る顔を上げた、そこに笑顔の男子中学生がいた。
実に悪戯っぽい笑みで、幼さの残る顔には浅い傷がいくつか見える。
彼女はおずおずといった感じで、差し出された手を握った――握手だ。
そして彼が手を大きく上下に振り、満面の笑みで返した様子を見て、彼女は思った。

(何笑ってんだコイツ…)
花園優紀、彼女は小学生のトラウマで性格が大いに歪んでいた。
そして、大変だった。
本当に、大変だった。
何せ新しくパートナーとなった坂口一貴は、明らかに素行に問題アリだったのだ。
とにかく突撃する。
何が何でも突撃する。
突撃一番とばかりに突撃する。
突撃しなければ死んでしまうのかというほど突撃する。
この悪癖は、一貴の前のパーティでも問題になっており、それが元で解散という流れになったという。
曰く「面倒見きれない」とのことだ。
高い権限を持つマイティオールドの妓坐姫の証言なので間違いない。
問題行動は起こす、それでいて必ず任務は達成する、その能力は本物であり、下手な“破壊者”ならば討伐できる技量がある――というか、した。
そんなクセの強すぎる彼とのパートナーである、よりにもよってパートナーである。
頼れる仲間は突撃バカ一人、それでいて任務は結構な難易度を割り振られる。

花園優紀は生粋の後方支援役である。いわば指揮役ともいえる立場であるため、本来ならば撃破役の一貴は彼女の指示に従わなくてはならない、しかし彼が従うことは稀である。従う命令は大抵が攻撃命令だ。
彼女は任務遂行のため、ひいては生き残るために、慣れない命令をパートナーにしなければならない、しかし勇気を振り絞って指示するも、彼はそれをことごとく無視して突撃する。
自然と、彼の突撃に合わせた戦闘教義(ドクトリン)が出来上がっていった。
だが、彼女も指示を出すことを諦めたわけではない。
かつて元パーティにすら匙を投げられた突撃癖、それを一向に改善しない撃破役、そしてそれで万事解決してしまうから性質が悪い。
こうなると自然と諦めるのが普通であるが、なんというか彼女は苛立っていた。

とにかく自由奔放に見える彼だが、しかしこと戦闘においては効率的な戦い方をする。それが天性のものなのか知恵を巡らせたものなのか、ともあれ彼は見た感じの素行以上に要領がいい。
それは友好関係にも言えた、多少間の抜けた性格であるが、しかし荒っぽい言動の裏には気遣いが見て取れる場面がある。
そういう彼であるため、彼女からは彼に影が無いように見える。
いつも気の向くままに行動し、そしてしたいように戦い、それが評価される。
それはしようと思っても出来ないことだ、少なくとも彼女、花園優紀には持ち合わせていないもの、一種の才能といっても差支えなかった。
だからこそ苛立つ。
彼女はそういう彼が嫌いだった、いつも顔を合わせるたびにイライラした、そういう妬みにも似た感情を自身に意識して、さらに苛立った。
だから彼女も意地になった。
とにかく悪癖である突撃をやめるように努力した、ヤツに世の中思い通りにいかないことを教え込むため、表立った理由として任務達成と身の危険を守るため、彼女は意地の悪さも多少含んで、何度も何度も“矯正”した。

十日が過ぎた――
「だ…ダメです…突撃ダメなんです~!」

一か月が過ぎた――
「聞いてください~無暗に突撃は身が危険です~!!」

三か月が過ぎた――
「やめてやめて突撃すると撃ち漏らした怪異が――!!」

半年が過ぎた――
「いい加減やめろって言ってるでしょうがぁー、馬鹿なの死ぬの!?」
「あいた、なして俺ば殴ったくのね?」
戦果は、挙げている。
だが、もうやっていけないと思う。
挙げた功績を盾に、パートナー解消を迫る。
だが、パートナー解消の嘆願はいつも突っぱねられる。
それもこれも全て坂口一貴が悪い。
なまじ戦果を挙げ、上手くパートナーが機能していると思われているから、こうしていつまでもコイツと組まされるのだ。
実際のところはそうではない、いつもいつも薄氷の上での勝利だ、何度も死ぬような目にあってきた自分が言うのだから間違いない。

初めて会った時から、一貴の傷は大小さまざまに増えた。
それが彼女を不安にさせる、実のところ突っ込む彼がいつも標的にされ、自身は傷を負ったことはない。
しかしいつあの生傷を作った暴力が自身に行くか分からない、それが彼女を不安にさせる、彼女は派手な功績なんかいらないのだ、それこそほどほどに生きていけばいい。
それを伝えてもなお、彼は往くのだ、よほどの戦闘狂と呆れるしかない。少し前には敵をわざわざ引き付ける≪袁叫≫なるスキルを使ってまで敵の注意を引き付けたのだ。

(でも、あの時は)
よく思い出して振り返ってみる、確かにあのスキルで自身が助かった部分があるが、しかしまさか、それは私を庇うためだとか――?
もしそうなら、頭にくる。
とどのつまり、あの坂口一貴の思惑通りに事が進んだということじゃないか。
そういうところが気に食わないのだ、自分は好き勝手して、それでいて一事が万事に上手くいく、そんなことはないのだ、少なくとも私の――花園優紀の人生では、そんなことはあり得ないのだ。

私は将来が不安だ。
本当に怪異が解決するのか、世界の真実を知ったため、いつこの地が滅ぶのかわからない。
それが解決したとしても、進学か就職かの選択が私を悩ませる、すでに高校二年の私は、重大な分岐に立たされている。
このまま家を継ぐとなれば、婿養子をとって平穏な暮らしが待つのだろうか。
それとも別のところに就職し、そこでまた違う生活をするのだろうか。

進学は――正直考えたこともないが、しかしこの時期ならば選択肢としては大いにありだろう。
未知なるものは恐ろしい、先の見えないものこそ恐怖する、この国守学園に来て色々と、本当に色々と体験し、自身は変わっていったと実感するが、しかし根の部分は臆病なワタシそのままなのだ。

私は人間が怖いのだ、その見えない触れえない心の内、それこそが恐ろしいのだ。
私は未来が怖いのだ、その緞帳(どんちょう)の先にあるものがなんなのか、潜らねばならぬ勇気は無く、いつも都合、時間、その他の要因に無理やり押されて潜らされるのだ。
いつも平穏な時が来れば、その時が止まればいいと思う、それは今が最高の瞬間だからではなく、これから先の出来事が恐ろしくて仕方がないからだ。

そこまで思い至り、ふと気になった。
気になったから聞いてみた、この程度の未来(さき)なら、多少は予測できる。
「ねえ」
座ったまま、上半身をひねって振り返り問う、その声に反応して一貴は顔を上げた。
「アンタってこの先に不安とかないの?」
対抗者としてとか、学園生活としてとか、先には就職か進学か、その他さまざまな未知なるものがある。
そんな未来に対して彼は。

「無か」
すっぱり言い切った。
言い切りやがった。
優紀は大きくため息をつくと「やっぱりね」とひとりごちて前へと向き直った。
おそらく後ろの方では、不思議そうな顔をしている一貴がいるに違いない。

そして彼女はこう思う。
アイツは嫌いだ――
パートナーとして何度めかにわからない確信をするのだった。

沈む夕日、あれから少し経つ。
相変わらず彼女はプラプラとまともに課題に向き合わず、そして彼はまじめに課題を終わらせようとしていた。
そんな二人きりの教室に、侵入者がある。
教室前方の扉を開けて入ってきたのは、マイティオールドの妓坐姫だ。
「おぉ若人、補習頑張っておるかね」
そう言ってカラカラと笑う、このロリババアが来るということは、そういうことだろうと彼女は当たりをつける。
「いやなに、スマンが任務を頼みたいのじゃが、無論今回の補習はこれでチャラとするから」
それを聞いて一貴が渋面を作る、それに対し優紀の顔は明るい。
「ええ引き受けますとも、そうよねぇ~」
意地の悪い笑みで一貴を振り返る、その表情は何かを言いたそうだったが、すんでの所で飲み込んでいるようだ。
その対照的な二人をよそに、妓坐姫は続ける。
「では任務を言い渡すぞよ、今回の任務は勧誘の一種で――」
任務説明を聞き流しながら、花園優紀はご機嫌だった。
この忙しい対抗者の仕事で、補習を受ける時間などありはしないのだ、そういうのはどこか任務の功績で埋め合わすという、歪なれど都合の良いことは頻繁にある。
(ばかまじめ、いい気味だわ)
そうして対抗者のパートナーは往く、補習の代わりとしての任務に。
彼女らが去った後の教室、課題として出されたそれは、一方はほぼ終わりかけのものと、全くの白紙の二つがあった。